〈聖地巡礼〉Free!@4回目の鳥取・岩美(1/3)
これまでこのブログでは、2022年と2023年の2回、テレビアニメ『ツルネ』の聖地巡礼の様子を記事にしてきた。
今回は同じく京都アニメーション(以下「京アニ」)制作のアニメ『Free!』シリーズの聖地巡礼として、鳥取県岩美町及び鳥取市へお出かけしてきた模様を書き連ねていく。
タイトルにもある通り、私が鳥取・岩美へ赴いたのは今回で4回目である。全て『Free!』の聖地巡礼が目的で、だいたい2年に1回くらいの間隔だ。「そんなに何度も行く必要があるのか?」という声が聞こえてきそうだが、それはごもっともだと思う。はっきり言ってしまえば、毎回見ているのはほぼ同じ景色である。
しかしそれは言い換えれば、いつ行ってもそこでは自分の好きなコンテンツの世界観に入り込めるということでもある。自分が楽しみにしている目的のためのお出かけなのだから、そこに細かい理屈や詳しくは求めなくて良いのだ。このことはまた別の機会に書こうと思う。
予め断っておくと、このお出かけは2023年11月に実施したものである。いつもながら遅筆も遅筆であるが、その点を踏まえたうえで読んでいただけると幸いである。
続きを読むソバーキュリアス
明日、蕎麦とキュウリを買い忘れないようにするためのメモ…なわけはない。
ここ2,3年辺りで聞くようになった言葉で、ざっくりとした意味は「お酒を飲むことはできるが、あえて積極的には飲むことはしない」人や考え方のことらしい。
ミソなのは、できる/できないという観点でも、また外部要因によって強制的に飲まないようにしているわけでもなく、自発的にお酒を飲まないことを選択している点だろう。
初めてこの言葉とその意味を聞いた時、「私のことじゃん。ようやく時代が私に追いついたか」と思った。
いや、流石に表現を盛った。ここまで自意識過剰ではない。
お酒を飲むことができる/できないの2択で言えば、私はできる方だが、好き/嫌いの二択では、嫌い寄りである。
嫌い寄りな理由はいくつかある。
まず「積極的に飲もうと思うほど美味しく感じない」。
ビールで言えばコク、キレ、ノド越し。日本酒で言えば「水のように飲める」。ワインやブランデーなどの洋酒で言えば芳醇だとかふくよかな香りや味わい。こういったお酒を高く評価する言葉は知ってはいるが、その感覚がいまいちよく分からない。安価なものと高級なものを飲み比べればつかめるのかもしれないが、美味しく感じないのでそこまでしようという気にはならない。(この点は卵が先か鶏が先かの話になってしまうが)
次に「お酒を飲む場に良い印象が無い」。
「場」と言うと、文字通り「どこで」という意味もあるが、ここでは「どういう目的で」の意味の方が近い。
プライベートで飲む相手は、大体が人となりを分かっている間柄だし、まだ関係を築きだしてそれほど経っていない人でも、飲め飲めと煽ってくるような人は、幸いなことに周りにはいない。*1
問題は仕事の付き合いで飲まなければならない時だ。今の職場に入社して早数年、昨今の風潮を感じ取ったり、社内の人ともお互いにどんな人なのかが分かるようになって、私が進んでお酒を飲まないことが認識されたことで、忘年会などでの居心地の悪さはいくらか軽減されてきたが、完全になくなったわけではない。
回数は多くないだろうが、今後社外の人と飲むと機会があれば、間違っても酔えるような気持ちの余裕など無い。正面切って「私は飲みません」という態度を取って場の空気を乱さず、かと言って酒量は出来るだけ少なくしつつ、というバランスを取らなければいけない。そんな場に良い印象を持つことは困難に違いない。
あとは「お酒を飲んだ後の様子に良い印象が無い」。
千鳥足で歩くさまが見ていてハラハラするとか、会話が要領を得ないのがイラっとするというのもあるが、何と言っても一番は「リバース」に関係することだ。(話が一気に汚くなってしまって申し訳ない。)
直接その姿を見ることはほとんど無いが、その痕跡を見てしまうことはある。その瞬間に気持ちは地に落ちる。出したものは片づけてから去ってくれ、というのはこの場合難しいだろうけど、屋外であればせめて側溝など場所を選んでほしい。もちろん最良はリバースしないでいてくれることだが。
総じて「お酒を飲む良さがわからない」ということに尽きると言える。
とはいえ、お酒が飲める人がみなすべて嫌いかというと、一概にそうとも言えない。むしろ憧れを感じることすらある。それはただ飲むことができるだけではなく、場の雰囲気を害さない、もっと言えば「飲んでいる自分自身だけでなく周りの人も気分良くいられる人」のことだ。量を多く飲めるかどうかは関係ない。
酒席に限らず、武勇伝や自慢話を偉そうに話す人は疎まれることが多い、というのは時々聞く話だが、これは話す内容以上に「偉そうに」という非言語の要因が比較的多くを占めていて、その点を抜きにして思い出話として話をされる分には、そこまで嫌悪感を抱くこともないのではないか、というのが個人的な感想である。
また、お酒を飲むことが出来る人は人脈を広げやすかったり、その維持・強化も比較的ハードルが低いという印象がある。
チェーン店ではそうもいかないだろうが、バーや個人経営の小ぢんまりした居酒屋では、見ず知らずの人との間でいつの間にか話仲間になっているという話は、実際に聞いたことがある。さすがに一見の店ではそこまで進むのは難しいだろうが、自宅や職場の近所の店に何度も通っているうちにお互いに気になって、どちらかが何かをきっかけに話しかけてみたら意外と馬が合うことに気が付いた、という流れは、そこまで不自然でもない。
こういった話は、カフェや酒類の提供が主ではない飲食店では、ケースはあるのかもしれないがあまり聞かない。やはりそこは「酒の力」としか言えない推進力によるところが大きいのだろう。事前に何かお膳立てされているわけでもないのに、仕事や既存のプライベートとも違う人間関係を構築できる環境は探せば他にもあるだろうが、その中でも居酒屋やバーはお酒を飲めさえすれば最も身近にあるといってもいい。
それに、そのような行きつけの店が無かったとしても、ふと知人と話をしたいときに「今度飲みに行かない?」と誘うのは定番だ。「今度ご飯でもどう?」というパターンもあるだろうが、食事を摂りながら話をするのはなかなか難しいし、行儀もあまり良くない。しかもわざわざ会うのに本題だけスパッと話してハイ終わり、とはなかなかならない。前後に多少なりとも別の話題を挟んだりして滞在が長くなりがちだが、居酒屋でない店で食事がひとしきり済んでもなお居続けるというのは、気分的にあまり落ち着かないし、店側にとってもあまりありがたくないだろう。
居酒屋も、本来は飲み食いが終わってもダラダラと居続けているべきではないだろうが、えてしてその点はなあなあになりがちだ。そのおかげで、比較的時間を気にせずに知人との時間を過ごすことが出来る。
というわけで、お酒を飲むことについては嫌いと言いつつ憧れもあるという、やっかみめいた感情を持つのであった。
*1:そもそも煽ってくるような人とは関係を深めようと思わないし、おそらくそういう人にしても諦めようという気持ちになって、結果として関係が残らないのだと思う。
〈聖地巡礼〉もしつつ鉄分補給もしつつ@長野
昨年、アニメ『ツルネー風舞高校弓道部ー』の聖地巡礼のため、長野市周辺を訪れた。短い時間ではあったが多くの聖地を見て回ることができ、自分の中で満足のいくお出かけになったので、また数年したら行こうと思っていた。
しかし、その後放送されたアニメ2期『ツルネーつながりの一射ー』を見ているうちに、またしても作品の世界観に浸りたい気持ちが強くなってしまった。
そこで、今年まだ1度も泊まりがけのお出かけをしていないのをいいことに、急ピッチで旅程を立て、再訪することを決めてしまった。
とはいえ、まだ前回の聖地巡礼から1年ちょっとしか経っておらず、長野市内の主なスポットはその時に見て回ってしまったので、今回は聖地巡礼の要素も含めつつ、前回はあまり盛り込めなかった"鉄"分の補給に重点を置いたお出かけとすることにした。
続きを読む<完走の感想>ツルネーつながりの一射ー
今年2023年の1−3月期に放送された『ツルネーつながりの一射ー』(以下「2期」)。1期(『ツルネー風舞高校弓道部ー』、以下「1期」)の放送のあと、昨年公開の映画(『劇場版ツルネーはじまりの一射ー』、以下「劇場版」)を挟んで4年強経っての続編であった。
本当はリアルタイムで視聴したかったのだが、やむを得ず録画して後追いで少しずつ見進めることにし*1、本放送から1クール弱遅れてようやく本編の視聴が一通り終わった。
感想を一言で言ってしまえば「ツルネはいいぞ。」となってしまうのだが、それではあまりにも雑すぎるので、自分の中での作品に対する解像度を上げるためにも、その「いいぞ」の中身をもう少し掘り下げていきたい。
※この先、本編の内容に触れる箇所があります。ネタバレを気にされる方はご注意ください※
*1:昨年、今回と同じ時間帯で1期が再放送された際には頑張ってリアタイしていたのだが、翌日のパフォーマンスに明らかに差し障った。